鈴木朋樹選手

鈴木朋樹選手

東京駅から舞浜へ向かう電車に乗ると、甲高い笑い声が弾けていた。
試験休みの期間なのか、大学生らしい数人が向かいの座席を占めている。
東京ディズニーランドのアトラクションに乗る優先順位を決めているらしい。

車窓から柔らかい陽の光が差しこみ、床に影を落としている。
12月の初旬だが、春のように温かい。電車の車体が左右に心地よく揺れている。
目的の駅を寝過ごしてしまわないように、私はスマホを開いた。
すでに知っている情報を復習するつもりで、検索をかけてみる。
Indonesia (インドネシア)、2018、asiaparagames(アジアパラ競技大会)、athletics(陸上)、単語を打ち込むと、競技の結果が出てきた。

10月にジャカルタで開催されたアジアパラ競技大会は、2018年のシーズンで最も大きな国際大会だった。
鈴木朋樹はパラ陸上の日本代表選手に選ばれ、400m、800m、1500mに出場した。
男子T54クラス400m決勝、鈴木は7位。
800m決勝、鈴木はDNF(途中棄権)。これは決勝に進出したものの、他の選手の接触によるクラッシュに巻き込まれて、レーサーが横転し、やむを得ない途中棄権だった。
1500mは予選敗退、決勝に進めなかった。

400m、800m、1500mいずれの種目も上位を占めたのは、タイと中国の選手だ。
鈴木のメイン種目800mの1位は中国のZHANG YONG選手、2位にはタイのKONJEN SAICHON選手、3位は同じくタイのKHONGRAK PUTHARET選手が入っている。2位のSAICHON選手は、2016年のリオ・パラリンピックで800m銀メダル、1500m銅メダルを獲得した選手だ。

1500mは1位から3位までをタイの選手が独占。
1位のWAHORAM PRAWAT選手は、リオ・パラリンピック1500mの金メダリスト。
PUTHARET選手は800m3位に続き、1500mは2位に入っている。
3位はRAWAT TANA選手。TANA選手は、2015年のパラ陸上世界選手権1500mと5000mで金メダルを獲得している。
彼等は、2019年のパラ陸上世界選手権、2020年の東京パラリンピックでもメダルを狙ってくるだろう。

鈴木は、自身のアジアパラ競技大会の結果をどう捉えているだろうか。
表彰台に上がったタイや中国の選手たちと自分との差を、どのように受けとめているのだろうか。

JR舞浜駅の改札を出て階段を降りると、鈴木が待っていた。
午前中は、東京・飯田橋にあるトヨタ自動車の本社で仕事をし、午後は陸上の練習や身体のケアに当てている。
これまで使っていた都内の競技場が改修工事に入ったため、今日は、代わりに舞浜にある陸上競技場に走りに行くつもりだ。
競技場に行く前に、私のインタビューを受ける時間をつくってくれた。

最寄りのスターバックスに入り、2人掛けのテーブルを陣取った。
鈴木はテーブルに手をついて体を支え、日常生活用の車いすから腰を上げた。
浮かせたお尻を木製の四角い椅子の座面にするりと収めている。
手で足を片方ずつ持ち上げ、両膝を揃えて足を降ろした。
空になった車いすは、持ち主が動き出すまでじっとしている影のように見えた。
 
「アジアパラは、結果としては勝てなかったんですけど、絶対に勝てないという感じはしなかったんです。2020年まであと2年ですが、このままトレーニングを続けていけば、タイや中国の選手以上のパフォーマンスを発揮できるんじゃないかと思っているんです」
カフェイン抜きのコーヒーを口にしながら、鈴木は言った。

メイン種目の800m決勝は途中棄権、1500mは予選敗退。メダルは獲得していない。
それでも、鈴木には「絶対に勝てない」と感じるような敗北感はない。
アジアパラの勝敗は、彼にとって問題ではないようだ。
表彰台に上がった選手たちとの差を詰め、いずれは追い抜くことができる。
その可能性を感じられる何かを掴んでいる。

「下半身が安定して、スタートの走りが伸びてきました。
スタートは、これからさらに伸ばすことができると思います。
下半身が安定したことで、これまで上半身の余計なところに力が入っていたことが分かりました。
余計な力が入っていると、力を無駄に消耗してしまうんです。
そのことが、ラストの加速が上がらない原因になっていました。
上半身に入っていた余計な力を抜くことができれば、ラストの加速もさらに上げられると思うんです」

私は、鈴木の説明をもとに、彼がレーサーで走る姿を頭の中に描いた。
レーサーの座席に収まっている骨盤は、上半身を支える土台となっている。
体の軸が縦に通っている。その軸はまっすぐで、ぶれることがない。
両腕を上から下へ、上から下へ振り降ろし、グローブを嵌めた手がハンドリムを押し出す。
腕だけではなく、体全体を使って、しなやかに、力強く漕ぐ。ダイナミックな体の動きのイメージが沸いてきた。

「リセット」
その一言が、浮かんだ。
2018年のシーズンが始まる前から、鈴木は挑戦をしていた。

「トレーナーに見てもらって、初めに、体を横に倒して肋骨を下げて足を上げるという動きをやってみたんです。
その時に、これまでに感じたことのない感覚がありました。不思議な感じなんですよ。あれ、これは、何だろうという感じです。
そういう体の動きと感覚に意識を持っていくトレーニングを何度か繰り返していきました。
下半身には障害がありますけど、脳と下半身の神経の回路はつながっています。
その回路を通すトレーニングをするうちに、変わってきたんです。
腿の裏側に力を入れる感覚はこういう感じなんだなとか、立つ時の感覚ってこんな感じなのかなとか、徐々に掴めるようになってきたんです」。

リセットは、体の軸をセットし直すことだけに留まらなかった。
「自分の体の中に、まだ使っていない部分がある。伸び代があると気づかせてもらえたん
です」
鈴木は、自分自身の中にあった可能性を見つけた。(了)

(取材・執筆:河原レイカ)
(写真提供:小川和行)