反町由美さんは、入院中、息子の公紀のためにノートに書いた

反町由美さんは、入院中、息子の公紀のためにノートに書いた

高次脳機能障害とは、何なのか?
インターネットで検索すると、国立障害者リハビリテーションセンターをはじめ、行政が提供している高次脳機能障害の解説がいくつか出てきた。
高次脳機能障害とは、学術的には、「脳の損傷を原因とする認知機能の障害」と定義されている。
認知機能の障害といえば「認知症」が思い浮かぶが、先天性の疾患や周産期の脳損傷、発達障害、進行性疾患であるアルツハイマー型の認知症やパーキンソン病は、高次脳機能障害の原因疾患から除外されている。
つまり、生まれながらのものではなく、事故や病気などで後天的に脳に損傷を受けたことによる認知機能障害を指す。

東京都の「高次脳機能障害者地域支援ハンドブック(改訂第3版)」では、高次脳機能障害の症状について、日常生活の場面を想定して事例が紹介されていた。
例えば、今朝の朝食の内容が思い出せなくなる(記憶障害)、仕事に集中できなくなる(注意障害)、計画が立てられなくなる(遂行機能障害)、言葉が上手に話せなくなる(失語症)、人の話が理解できなくなる(失語症)、お茶の入れ方が分からなくなる(失行症)、道に迷うようになった(地誌的障害)、左側にあるおかずが目にとまらず残してしまうようになる(左半側空間無視)などの症状が挙がっている。 

朝、目覚めて、家族と一緒に朝食をとる。
これは、脳が損傷を受ける前までは、特に考えることもなく、何気なくしていた行動だろう。
しかし、朝食を食べようとした時、片半則が見えなくなったり、自分の気持ちを言葉にできないなどの症状が出てきたら、どうだろうか。想像には限界があるが、もしも私だったら、戸惑い、狼狽えて、何かするのが怖くなる。
先のことなど考えられなくなるにちがいない。

公紀が脳の損傷を受けたのは、中学一年生の冬、2011年12月26日。
通っていた学習塾の近くの横断歩道で乗用車にはねられ、頭を激しく地面に打ち付けて損傷したことによるものだ。
救急搬送された病院で手術を受け、一命をとりとめたが、公紀は眠った状態で年を越した。

母親の由美さんは、年が明けた1月5日に、医師から説明を受けたことを覚えている。
「脳が損傷を受けているけど、何も分からなくなるわけじゃないと言われたと思います。ずっと眠っていましたけど、何らかの反応があるから大丈夫だと言ってくださって、薬で眠らせているだけですからと言われました。障害ということは、その時はまだ何も言われなかったと思います」

脳の損傷により、その後の公紀にどのような症状が現れるのか、この時点ではまだ、由美さんは何も知らなかった。
公紀は2012年1月末にICUから一般病棟に移された。最初は自発的に呼吸することが難しく、喉の器官から酸素を吸入している状態で、由美さんが話しかけても反応がなかった。
しかし、3月に入ると、由美さんの動きを目で追いかけるようになり、友達が訪ねてくるとにこにこと笑っている様子が見られるようになった。

生命の危機を脱し、わずかだが表情の変化がある公紀を見て、由美さんは、「そのうち、学校に戻れる。元の生活に戻れる」と考えていた。
そうではないと知ったのは、5月半ば、公紀がリハビリを目的とする病院に移った時だった。
作業療法を始めることになり、公紀にパズルが渡された。2つのピースを組み合わせればいい、2歳くらいの幼児でも簡単にできるものだ。
ところが、公紀はぽやんとした表情のまま、パズルのピースをどうすればいいのか分からない。
パズルの次に渡されたのは、塗り絵だ。形が描かれており、それにあわせて色を選んで塗るものだった。
しかし、公紀は、色を選べない。表情は相変わらずぽやんとしていて、塗り絵をどうすればいいのかが分からない。

「いやいや、冗談はやめて。簡単でしょ」
母は息子に、そう突っ込みたくなった。笑い飛ばせたら、どんなに良いか。
ささやかな出来事でも、冗談にできる材料を見つけたかった。
1+1、1+2、1+3と算数の足し算が示されたが、公紀はぽやんとしている。
文字が分からず、ひらがなのあいうえおも書けなかった。
「この子は、ゼロになってしまったんだ」
由美さんは、公紀の顏を食い入るように見つめていた。

公紀が書いた文字

公紀が書いた文字

晴天に恵まれたある日、作業療法士の付添いを得ながら、由美さんは公紀と一緒にリハビリ病院の外へ出た。
ゆっくりと歩いていると、一匹の猫が日向ぼっこをしていた。
病院のスタッフや患者に可愛がられている猫だったのか、人の気配を感じても逃げることなく、のんびりくつろいでいる。
公紀は、ゆっくりとその猫の傍らに近づいていった。
足元の落ち葉を拾いあげると、それを猫の頭の上からパラパラと掛けはじめた。
 「へへへっ。えへへっ」
 公紀の口から、笑い声が漏れた。乾いた落ち葉は、カサカサと音を立てて落ちていった。
幼い子どもが猫や犬に興味を持ち、落ち葉を拾って頭上から掛けることは、それほど不思議ではないだろう。
動物を相手にした遊びの一種で、大人たちの目には、微笑ましい光景に写るかもしれない。

しかし、公紀の様子は幼児の遊びとは違った。
由美さんは、公紀の目の焦点が定まっていないことに気がついた。
猫を見ているのかどうか、はっきりしない。
「へへへっ」「えへへへ」
公紀の笑い声が、薄気味悪く聞こえた。
「この子は、精神的におかしくなってしまったのかもしれない・・・」
母は、息子の傍らに呆然と立ち尽くした。

「子どもには、可能性があります。脳が損傷しても、子どもは成長していきます。その成長の可能性をみてほしいんです」
公紀の命を救ってくれた医師の言葉を、由美さんは何度も反芻した。
「絶対に、良くなる。良くしてみせる」

病室の壁に、公紀の友達の写真を貼りだした。
壊れてしまった脳の奥底から、公紀が友達と過ごした思い出を見つけ出せるように願いながら、灰色の壁を友達の顔で埋めていった。友達一人ひとりの氏名を紙に書き出し、写真と照らしあわせて公紀に見せた。
公紀の瞳は、仲が良かった友達の顔をじっと見ていた。
彼の氏名を書いた紙を何度か見せるうち、公紀の瞳に意思が現れた。友達の顔と氏名が一人、また一人と重なった。
由美さんはスケッチブックに、あいうえお、かきくけこと五十音を書きだした。
1+1、1+2と算数の計算も書いた。幼児や小学校1年生で学ぶものを、もう一度、学びなおす作業が始まった。

19歳となった今でも、公紀の学習は続いている。
週3日ほど通っている障害者就労移行支援事業所から午後16時頃に帰宅し、夕食までの時間帯、公紀は新聞の朝刊に掲載されている「天声人語」をノートに書き写す。漢字もひらがなも一字一句、まったく同じように書き写す作業だ。
まるで小学生の宿題のように、漢字や算数のドリルも解くことも日課にしている。

事故から6年が経過した今も、公紀は、言葉を口にすることはない。
誰かに話しかけられた時、音声は聞こえていても、意味が理解できない。
音声で示された言葉は、公紀の頭の中で、意味とつながらない。
しかし、文字で示された言葉は、公紀の頭の中で意味とつながる。
スマホのLINEを使いこなし、友達や知り合いとやりとりすることができている。
私とのLINEでも、陸上の大会を振り返り、感想を書いている。
記憶は全くできないわけではなく、ある程度の過去は記憶できている。
今後の目標についても、100m、200mのタイムを具体的な数字で挙げている。

公紀が陸上競技場のトラックを走っている姿を見ると、脳に障害があっても、陸上を十分に楽しんでいるようにみえる。
19歳という年齢を考えると、公紀はまだ心身とともに成長の途上だろう。
これからもっと体力をつけ、姿勢や足の使い方など走りの技術を磨けば、陸上の記録は伸びるにちがいない。

ただ、パラリンピックのような国際大会で活躍するような、さらに高いレベルを目指す場合はどうだろうか。
私は、公紀に自分のことをどう考えているのか、LINEで尋ねてみたことがある。
「公紀くんの弱みは、どんなところですか?短所について教えてください」
公紀が自分自身を客観視することができているのか、知りたかったからだ。
「土曜日と、日曜日は、沖縄では合宿でスピードに付いていけている」
公紀の返事は、沖縄に合宿にいくことを伝えてくれていた。
しかし、私の質問への答えとしては、ちぐはぐだ。
強み、弱みなど、抽象的なものを示す言葉の意味が理解できないのだろうか。
質問の意味が分からなかったのか。それとも、沖縄の合宿で頭の中がいっぱいだったのか。

「陸上の練習内容について教えてください」とLINEで尋ねた時は、「今日のメニュー、ジョグ、体操、反応系練習、股関節ドリル、変形ダッシュ、120m流し×2、補強」と詳細な内容が返ってきた。
しかし、別の機会に、「公紀くん、冬季のトレーニングメニューは、ありますか?」と尋ねると、「こんにちは、10時から公園で運動すると走っていた」と書いてきた。トレーニングメニューには違いないが、公紀は、その日のスケジュールを答えている。
公紀の頭の中は、一日、一日を過ごすための情報を取り扱うので精一杯なのかもしれない。
「公紀くん、こんにちは、アジアユース大会まで、どんな準備をしますか?」
「終わって帰ります。今、移動しています」
この日は、陸上の練習に出かけていて、帰宅途中の車の中で、私のLINEを受け取っていたようだ。
私からの質問はどこかへ落ちてしまって、公紀自身がその時感じていたことを書いている。

公紀の脳が受けとめられる言葉と、受けとめられずに落ちてしまう言葉があるのだろうか。
それとも、同じ言葉でも、公紀の状態によって、受けとめられる時と、そうでない時があるのか。よく分からない。
「もっと速くなりたい」「勝ちたい」という気持ちは、LINEの返信の言葉から汲み取れる。
陸上競技大会で公紀が走っている姿にも、その気持ちは溢れでている。

しかし、これから世界の舞台を目指す一人の陸上選手として考えた時、精神的には、まだ幼い印象が強い。
「勝てて、嬉しい」「負けて、悔しい」で終わりでは、そこから先に伸びないだろう。
自分が優れているところをさらに伸ばし、足りないところを補うような取り組みが必要で、それは、本人の自覚がないと始まらない。
自分の状態を捉えるには、言葉が鍵を握るのではないか。

2017年8月、スイスで開催されたパラジュニア世界選手権で、公紀はコーチの関口紘樹さんと10日ほどホテルの同室で過ごした。
関口さんは、ホテルの部屋で公紀が何かしてほしそうな雰囲気を出していても、あえて気が付かないふりをした。
もし、何かしてほしいことがあるなら、それを公紀自身が言葉にして伝えなければいけないことを理解してほしいと考えたからだ。
特別支援学校の教師でもある関口さんは、公紀の今後を考えて、公紀の雰囲気を察しても、あえて気が付かないふりをする態度をとった。
自分の思いや要望を関口さんにくみ取ってもらえなかった時、公紀は、どう思っていたのだろう。

高次脳機能障害の解説を読みながら、私は不安に駆られた。
もしかしたら、公紀の性格に因るものと、障害に因るものを取り違えているのではないか。

由美さんに、LINEで質問を送る。
「公紀くんは、言いたいことを言わないというよりも、言いたくても言葉にできなかったのではないかと考えています」
 すぐに返信が届いた。 
「公紀は、両方ですね。言いたいことが言葉にできないのも、言わないのも」
自分の気持ちや考えを、言葉にしない。
これは、その人の性格や価値観などに因るもので、言葉にしないことを選んでいる。
伝えたいことはあるが、言葉にできない。
適格な言葉を知らなかったり、若さゆえに感情の整理が上手くできないために、自分が言いたいことを言葉にできないことがある。

しかし、知識や未熟さゆえに言葉にできないのと、公紀が言葉にできないのとは少し違う気がする。
公紀は、自分の言いたいことを表現しようとしても、頭の中で言葉とつながらないことがある。
探しているものが見つからないまま、迷子になっているようにみえる。
何らかの思いや感情が沸いてきていても、それを言葉にできない。
自分の抱えているものが、言葉とつながらない。
それがどんな状態なのか、想像がつかない。
頭の中でもやもやと霧がかかっているようなものなのか。
喉の奥に魚の小骨がひっかかっている感じなのか。
伝えたくても、言葉にならなかったままのものは、彼の頭の片隅に置いたままになるのか。
時間が経つにつれて、どこかへ消えてしまうものなのか。

彼は、言葉にできない時の自分に、どう向き合っているのだろう。
高次脳機能障害について、どう思っているのだろう。
どのように質問をすれば、公紀が答えられるだろうか。
どう投げたらいいのか分からない言葉のボールが、私の手元に残っている。

(取材・執筆:河原レイカ)